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しわい嫁

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美しくも寒そうな景色です。いよいよ冬がまた、やってくるのだなと思います。
こちらに越してきて五年目も後半戦に入りました。
言葉や環境、くらしのひとつひとつに慣れてきたな、と思っていたところで、
夫が居なくなってしまいました。途方に暮れた五年目となりました。

出会って以来、経験を重ねていくなかで、考え方ひとつにも夫の存在が染み込んでいた。
本当に信頼し、信頼してくれていた人を喪ったこと。
この先の何十年(になるかどうかは解らないが)を思うと、途方に暮れたくもなります。
ふとした会話を共有できないことが、何よりも寂しい。

五年目ともなると、方言にも慣れて、自分の発する言葉にも甲州弁が自然に出てくるようになり、「お前も慣れたもんじゃん」、と心の中で笑っちゃいます。しかしそんな中、いまひとつピンとこない言葉があります。
「しわい」です。

「あの人は、しわい」
良い意味で使われるものではないことは解ってました。
ごく最近まで、「けち臭い」という意味だと思っていたのですが、違いました。「頑固である」「言ってもなかなか言うことを聞かない」というような意味だったようです。

嫁:「「しわい」って、どういう意味なんですか?」
じぃじ・ばぁば:「「のぶい」ちゅう意味だ」

ま、ますます解らない…。「のぶい」って何だろう?

「言うこと聞かない」の中にも可愛げを認めるのか、それとも嫌悪感むき出しの言葉なのか、そのへんの微妙なニュアンスがいまだ解りかねます。

長男が亡くなって以降、5人暮らしが始まった訳ですが、なぜか嫁の中からどんどん、じぃじばぁばに対する「遠慮」のようなものが消えていっている気がしてます。今までだったら「はい」と言っていたところが、言えなくなっている。「いや、そうじゃなくて、こうなんだ!」と主張することが増えてきている。共感できなければ、無視したりしてしまう。子どものようです。
自分でも意外なところです。
なぜこうなったのか? 
自己防衛か、それとも困難を共有して家族度が上がったのだろうか。夫が居てくれたならば、ブレーキをかけてくれていたであろう感情が、噴出するようになったのか。未だ分析中であります。
素直さが欠け、ずけずけと怖いものなしになっていく自分がおそろしい。そのうち近所でも有名になるくらい、「あの嫁さんはしわいぞ」と言われちゃう日も来るかもしれません」

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11月初めに恒例のタマネギ植え行事が無事終わり、その後の作業も進んで終わりは見えてきたようです。雨が降らないのでじぃじ、ばぁばが困っています。

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昨日の朝は、雲ひとつ無い青空でした。日常的に、雄大で静かな景色を見渡せることは確実に救いです。気持ちが澄み、穏やかになります。
しかしなぜだか晴れた日ほど余計に、哀しくなるのです。

夫(長男)のこと

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ぐっと秋が深まりました。山々の紅葉が進んでいます。

長男のいわゆる「遺品」と呼べるものはとても少ない。
昔から、何かを買い集めたり、次々と服飾品を買ったり、そういうことをあまりしない人だった。
かといって無欲の人だったか、というとそうでもない。自分のことにお金を使うことに対して少し遠慮してしまう、謙虚な人だったと言えるかもしれない。

晩年(?)の趣味といえばパソコンでゲームするか、子どもと釣りに行くことだった。あとは仕事と、いろんな誰かとお酒を飲む事に忙しかった。
新調したばかりだったパソコンは、夫を思い出させる最上位のもののひとつだったが、早いうちに次男(夫の弟)に差し上げてしまったのでもう手元にはないし。
魚釣りも、子どもの頃にしていた釣りあそびのおそらく延長線上にあるものだったように思う。釣りグッズをまず揃える、とかそういうこともしなかった。昔から家にある釣り道具にかんたんな竿を一本足しただけ。
もっとも、釣りにはまってから一年足らずしか経っていなかったから、子どもたちと行った釣りも回数にすれば10回に満たない。これから揃っていくものだったのかも知れない。

遺品整理といってもせいぜい身の回り品と、着ていた服くらい。割合身軽に生きてた人だったな、と思う。次々新しい物が欲しくなる嫁とはえらい違いである。捨てることも下手なので、つぎつぎ溜まっていく。

かといって、夫は楽観的で、気楽な人間であった訳ではない。くよくよ考えすぎるな、と言うのはどちらかというと私の仕事だった。でもいつも面白いことを見つけて、笑わせてくれたのは夫だった。
少ない遺品でも何となく手はまだつけられない。思い出すこと、決断することには気力と時間を使う。

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今年も稲刈りがすっかり終わりました。今期は収穫量が例年に比べ少なくなりました。
ご近所でも割とそういうところが多く、秋にお天気の日が少なかったのが原因ではないか、と言われています。
今年の新米の味はどんなでしょう。

増富アートキャンプ2014

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9月13~14日にかけて、増富芸術会主催、「増富アートキャンプ2014」に参加しました。
山梨県北杜市の旧増富中学校(現 工藤耀日美術館)のグラウンドにて、北杜市内のダムで出た流木を利用してキャンプファイヤーを行い、参加者があらかじめ作ってきためいめいの粘土の作品を焼き上げるというもの。夫の仕事の縁から2011年に始まって以来参加させていただいている試みで、今年で4回目になります。

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同じ北杜市でも、嫁の住む明野町のあたりとはまったく気候が異なる増富地域。まず標高が違います。より山に近く朝晩の寒暖の差が比じゃなく激しいので、とれる作物にも特色があります。

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このあたりで特産の花豆は、冷涼な気候を好み主産地は北海道。北杜市では増富地域近郊でしか作られていないようです。真っ赤な花がとてもきれいで、秋の青空に映えていました。圧倒的な山と空の景色、山間の美しい畑を拝めるだけでも、得したな、と思えます。

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孫①、孫②ともに火! 火が大好き!
炭になった木に燃えている炎など、大人でも見ていて飽きない面白いものですから、彼らにとってはなおさらと思います。
だんだんと粘土作品を囲む火の距離を縮めていき、急激に温度が上がりすぎないよう陶芸家の先生が調整しながら火を燃やします。

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昨年までは、夫である長男と孫①孫②で宿泊していたのですが、今年は初めて嫁と子どもでテント泊。キャンプ慣れしないため、カセットコンロ持参でカップ麺すする朝ごはん。来年もし機会があったら、火くらいは炭火にして、トーストなど焼こうじゃないか、と息子二人に誓いました。あと、テーブルみたいの買おう。
毎年おとうさんが一緒だったキャンプ。やっぱり息子たちは寂しそうだった。こういう時、私はただ無力感ばかり感じる。どんなに頑張っても彼の代わりにはなれない。おとうさんが居なくなってしまって半年強が過ぎた。父親が居なくなったことが、彼らの人生にとってマイナスになることだけにはしたくないな、と思ってやってきた。これからも試行錯誤しながら、新しいバランスの親子の関係を作っていこう、と。いや、そこまで前向きでもないな。作っていくしかないな、と言うところか。

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季節が巡るたび、行事のたび、ふとした時に夫のことをつぶさに思い出し、悲しくなる。
悲しみを「乗り越える」ことはできないし、悲しみを忘れて前向きに生きるというのも少し違う。「喪失の悲しみとともに生きる」となにかで読んだのですが、私はとてもしっくりくる、と思いました。

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一夜明けていい感じに焼き上がりました。全体の七割くらいは割れずに生還できたようでした。今年も変わらず、キャンプを作って声をかけてくれた皆様の優しさが嬉しかったです。満点の星空も拝めて、得したなあと思いました。

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新緑の季節 「かすがい」

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すっかり新緑の季節となりました。
長男が旅立ってから3ヶ月あまりの月日が流れたことになります。
もう再び立ち上がれないのではと思うほどの衝撃を受け、すっかり世界が変わったような気分ですが、変わったのは自分の人生の行き先だけ。
特段世界はそう大きく変わることなく、淡々と毎日は過ぎ、大小問わず色々な出来事が起き、日々は続いていくわけです。
まったく、無常であることはなんと無情か、と思わずにいられません。

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まあしかし今日と変わらぬ明日が来ると思っていた自分が愚かだったわけです。長男に顔向けできるあゆみを目標に、日々を紡いでいきたいと思っています。
この季節の山はほんとうに色々な色をしています。ある朝新聞の一面コラム欄で、「山笑う」の言葉を見かけ、まさにその通り! 生活の向こうに山があるというのはいいなと思います。

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ご近所も我が家も、お田植えを目前に慌ただしくなってきました。
今年の苗は部分的に伸び悩むところもなく、すべて均一によく育っています。きれいな緑色です。

孫①孫②の元気な姿が大人の支えとなります。毎晩寝るときになると母と兄の元を離れ、じぃじばぁばのお部屋に行き一緒に寝る孫②。2月からこっち、はこだてじぃじ、ばぁばが送ってくれる手紙のやりとりを続ける孫①。今を生きる彼らの存在がじぃじばぁば、嫁、はこだてじぃじばぁばを繋ぎます。
まさに子(孫)はかすがい!
そして居なくなってしまった長男への想い、という実体の無いものもまた、家を繋いでいるわけです。不思議な家族形態になってしまったなぁ、と思います。

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畑ではレタスやアスパラなど、春の野菜が次々と育ち、その恵みをいただいてます。
少しずつ変化はあるでしょうけど、今のところは大方変わらず巡ってくる季節が有り難いです。昨日今年度初の、とう立ちタマネギをサラダでいただきました。今年はタマネギのとう立ちが少なく、良いことなのですが家でいただける分は必然的に少なくなります。こちらも収穫は間近、忙しくなる日も近いです。

大雪 そして

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冬季オリンピックに沸く二月、山梨県は予想を超える大雪によってかつてない厄災に見舞われていました。
メディアでも報道されましたが、交通・物流は滞り、日常生活が脅かされました。
ハウスの倒壊等の農業被害は甚大なものになりました。

大雪は2回に渡りました。
2月8日の土曜日、そしてその翌週の14日の夜中から15日の朝方にかけて。
2回目の大雪は、前回の雪の量をさらに上回り、残雪も残っていたところにさらに追い打ちをかけ、決定的な打撃となりました。最初の大雪の日、止む気配を一向に見せずみるみる積もっていく雪を見て、得体の知れぬ不安に襲われたのをよく憶えています。


そして、その日2月8日に、長男が他界しました。37歳でした。
私たち家族のだれもが、これほど衝撃的で悲しい出来事が待ち受けているなど夢にも思っていませんでした。
しかし現実に、彼はその日から居なくなってしまいました。

特に大きな病気も、健康不安もなく、毎日元気に仕事をし、遊びや旅行にも出かけていました。
数日前から風邪だ、といって体調は崩していて、その日は朝から寝ていたいような様子でしたが、雪が降り続いたため、仕事場のハウスの雪下ろしに出かけたそうです。

そうです、というのは、嫁はパートの仕事に出かけて居なかったからです。
嫁が仕事から帰って来たとき、外の雪は相当なものでした。
じぃじばぁば、孫①孫②も家に居て、長男も仕事から帰ってきていて同じ部屋のこたつに寝ころんでいました。家族全員が揃っているのを確認して、ほっとしたのを憶えています。

直前までテレビのオリンピック中継を見ながら、みんなでお茶を飲んで会話もかわしていました。
ふと長男が眠り込んだ、と思ったら、尋常ではないいびきをかきだしました。
おかしい、と思ったときにはもう彼の意識はなく、息もときどき強く吸うだけで吐かず、数分後にはその呼吸さえなくなってしまいました。

救急車が来てくれるまでの10分強、病院へ搬送されるまでの車内でも家族始め救急隊員の方々が、懸命に救命活動を行いましたが、最後まで意識が戻ることなく、彼の心臓は止まってしまったのでした。

じぃじばぁばにとっては頼りになる息子であり、
孫①孫②にとっては良き父親であり、
嫁にとっては最愛の夫であった彼を、
突然にして失ってしまった空洞が埋まるまでには、今しばらく時間がかかるのでしょう。
3年かかるのか、10年かかるのか、あるいは埋まることはないのかもしれません。


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今日も山梨は朝から雪でした。三週間以上前の大雪の残雪がやっと無くなってきたところにまた降り積もりました。
でも今は雨に変わったようです。
今度はきっと、そう時間もかからずに溶けることでしょう。


テーマ : 写真日記
ジャンル : 日記

プロフィール

長男の嫁

Author:長男の嫁
山梨県北杜市明野町に暮らす、二世代農家[かねひこのはたけ 三井農場]長男の嫁のお百姓日記です。日々変化する畑の話と、家族の話をお伝えします。家族構成は下記をごらんください。

かねひこのはたけ Webサイト

 【じぃじ】
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『かねひこのはたけ』取締役社長。田んぼの責任者。身体の動きと仕事が速い。還暦はとうに過ぎたがその働きぶりに衰えはなく、毎日常に動き続けている。趣味は山登り、旅行、カメラ。

 【ばぁば】
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主に野菜畑の責任者。嫁に来た当時はお米が主力だった三井農場で、野菜の育生を始め、今では20種類近くの野菜を育てている。やさしくてしっかり者の三井農場の母。漬け物と煮豆が上手。趣味は旅行、編み物、テレビ鑑賞。

【長男】
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大学卒業後東京に暮らし、結婚して所帯を持ったが、「子どものためにも土に近い生活がしたい!」と一念発起。2010年1月より実家に戻って農業の勉強を始める。日々お百姓仕事をしながら農業の新しい担い手になるべく勉強に励む。2014年2月逝去。

【孫①】
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長男の第一子。小学校生活も二年目に入った7歳。3歳までは東京育ちだが今やすっかり山梨の子ども。趣味は魚釣りと読書、今は主にゲームに夢中。藤子F不二雄の作品と自然科学が好き。

【孫②】
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長男の第二子。おとなしめな孫1と比べるとひょうきんな4歳児。しかし恥ずかしがり屋。兄にあこがれと負けたくない気持ちの両方を持ち、泣いたり怒ったりふざけたりする姿が周囲の笑いを誘う。

【長男の嫁】
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北海道出身者だが寒さに弱く、関東の古民家の冬の寒さについていけてない。農業の「の」の字も知らず、じぃじばぁばの作業を少〜しずつ手伝いながらもまだまだ食べる専門。webサイト制作担当。

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